12月16日は、私にとって 大切な日です
私の夫の鍵田忠兵衛は 今日という日になくなりした。
鍵田忠三郎という、奈良では名家といわれた家の次男に生まれ 小さな時から 自宅の道場で剣道を稽古し 大学からは、槍の宝蔵院の宗家として修行を積んで 善人の塊のような人でした。
死者は二度生き返る…という言葉があるように再び私の中で生き始めた忠兵衛は私の中で永遠です。
三回忌を迎え、もう何度も鍵田を語る機会はなくなると思いますが 私の中の忠兵衛を語らせて頂くのは 今日という日が1番ふさわしいでしょう。
忠兵衛は私の誇りで これからも 変わりはありません。初めて会った時、その天真爛漫な魅力と笑顔に心の鍵が外れたのがわかりました。
忠兵衛をよくご存知でない方は、「偉そうにしている」とか「怖そうな」とか、そんな評価をよくいただきました。
でも、それは忠兵衛の魅力を知らない上辺でしか捉えられない方が知らずに言われる言葉でした。
鍵田をご存知の方々は、本当に忠兵衛の魅力に引き込まれて大好きになっていただきました。私も そんな方々の一番後ろで応援してあげたい❗️そう思ったことが好きになったきっかけでした。
忠兵衛は沢山のものを持っていました。
父の名声、鍵田という重荷、宝蔵院の宗家としての立場、自宅道場の道場長、政治家、そして借金 決して名前に甘んじられるような生易しい人生ではありませんでした。
一緒にいた時間は 知り合ってから20年と長いような短い時間でしたが、本当に幸せで 全てに感謝の日々でした。
鍵田の逝った年は東北大震災が起きた年です。様々な価値観や概念が壊れた年でもあります。
亡くなる数日前の言葉です。
「今年の言葉は絆です。
でも自分は 天 という言葉を送ります
この世で起こる事は全て天の定めです
天命、天地、天候、天寿…
大いなる者に生かされている我々は天命に従って、その日その日を 一生懸命に生きねば」と記されていました。
私も その言葉に従って生きたいと思っています。